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The Continental+Edition8で聴いた [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

昨日は突然の睡魔に襲われて24時前に就寝。
特に疲れるよーなことをしたわけでもないのに週に1~2回はこーなる。
ま、加齢現象なのか……

昨日のお供は、iPodClassic3G+solo+The Continental+Edition8。
さすがに3段重ねをシャツやスラックスのポケットに入る訳ではなく、運用方法に工夫。
iPodはシャツの胸ポケット、長いDockケーブルを使って鞄の中のsolo+The Continentalへつなぐ。
これであればボリュームコントロールは鞄の中に手を突っ込まなきゃいかんけど、選曲・一時停止は胸ポケに入れたiPodで操作がしやすい。
Dockケーブルに長いタイプを使うことに抵抗がない訳ではないが、soloの付属品のケーブルなんで「これが純正なんだ」と言い聞かせて使用。

さて、昨日最初に聴いたのはコリン・マクフィー「タブー・タブハン」(ハワード・ハンソン指揮イーストマン=ロチェスター管弦楽団)。
「クラシック名録音究極ガイド」で「パーカッション・アンサンブルが、途方もなく快活な響きと薄気味の悪いほどのリアリスティックなプレゼンスをもたらしている」と評されているが、使ってたヘッドフォンがEdition8だったこともあり、たしかに「……ガイド」のいうとおりのパーカッションだったと思う。
だが、曲があまり面白くない。
う~ん、ある程度は、曲の面白みもないと、「名録音」ってだけで聴くのには限界もあるもんだなぁ。
これも機会があれば別の環境で聴いてみよう。
ラウドスピーカーで聴いたら俄然面白く聴こえるってこともない訳じゃないんで。

次は「ライナー・サウンド」というアルバム。
ライナー・CSOの演奏するラヴェル「スペイン狂詩曲」、ラフマニノフ「死の島」などが収録されている。
ライナー時代のCSOはショルティ率いる頃のCSOよりも鋭く、細部にこだわりを見せる演奏していたなぁと気付く(ショルティ時代は爆発的な音の炸裂、とりわけ金管の咆哮において優っており、一長一短)。
このアルバムはとてもよい録音だし、演奏もよい(特に「死の島」はアシュケナージのを聴いたことがあったが、ライナーの方が深く沈みこむよーな表現が巧い)。
だが、Dレンジ(フォルテシモ~ピアニシモの差)がワイドということは、ピアニシモの微細な再生音も聴き取れる環境でないと活かしきれないことも痛感(Dレンジが仇になった好録音は、ほかにもアンセルメの「火の鳥」がある)。
弱音でも音がボケないEdition8を使っても、やはり通勤電車の中で聴くには難があった。
これは屋内でじっくり聴かないとイカンね。

昨日の読書
「蠅の帝国 軍医たちの黙示録」読了。
軍医を主人公に据えた短編集だが、どの作品も戦争文学らしく、読み口はとてもドライ。
読後感として、口の中に砂が入ったときのジャリッとしたものを感ずるが、それは軍医は職業軍人ではなく戦争に巻き込まれた職業人だとゆーことの寂寥感なのかも。
う~ん、重たかったが、短編集だったでよかった。
この調子で長編だったら、途中でつらくなったかもしれない。

「蠅の帝国」と真逆のお茶らけで口直しとゆーことで、中村航「夏休み」(集英社文庫)に着手し、1/3まで。

The Continentalで聴くスペインとハルサイ [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

solo+The Continental+ESW10の組合せが相当に気に入った。
今日、外に持ち出すに当たっては、携帯性重視で母艦をiPad2からiPodTouch3Gに変更。
持ち出す前に、この環境で同じ曲をALAC(iPodのmusic機能)とFLAC(アプリ:FLAC PLAYER)で聴き比べてみた。
これまではカッチリと輪郭のハッキリするFLACに優位性を感じていたが、The Continentalのクッキリ感とキャラが重畳するFLACよりもALACのほうが聴きやすいようだ。
iPad2でも同じかどうかは試していないが、iPodTouch3GについてはALAC主体で運用することにしよう。

今日も「クラシック名録音究極ガイド」紹介曲を聴いていく。

1枚目は「古代ギリシャの音楽」で有名なパニアグワ率いる古楽合奏団を瑞典BISが録音した「ラ・スパーニャ」。
文字どおりスペインの古楽なんだろーけど、ハッキリ言って、曲は全然知らない。
だが、鮮烈な音の連続で、聴くこと自体が愉しい。
鮮烈な音だが、電子楽器のような単調さではなく、時として耳にザラッとくるよーな音も入っている。
これが非常にナマナマしい。
と、このナマナマしさに耳が慣れてきたなぁと思ってたら、終盤のパーカッションが飛びぬけて攻撃的なんで驚くこと請け合い。
調子に乗ってボリュームを上げると、80年代の民生用スピーカーだったら、ドームトゥイーターが断線するだろーなぁ(「古代ギリシャの音楽」ではJBL L40のトゥイーター033を飛ばしたことがある)。

2枚目はスペインんつながりで、アルヘンタ・LSO「スペイン!」。
スペイン奇想曲(R・コルサコフ)などが入っているので、スペインの音楽とゆーわけでもなく、スペインを題材にした音楽集。
音場全体にオケが広がりつつ聴き手に迫ってくる。
「……ガイド」によるとステレオ録音のデモンストレーションによく使われたソースらしい。
演奏の方は、「ヲイ!アルヘンテ、下手くそ!!」とヤジが飛びそうなとこもないわけでもないが、アタマから終わりまで迫力勝負で押してくる。
ここまで徹底していると脱帽。

次は、「春の祭典」。
「……ガイド」には同曲についてショルティ・CSO(DECCA盤)とムーティ・フィラデルフィア(EMI盤)の2枚を紹介しているので、聴き比べようとした。
「~ようとした」と書いたのはムーティのほうが酷い音だったためだ。
CD用のマスタリングに当たって、迫力を出そうとしたのか、レベルを大きくし過ぎてクリッピングしているよーに聴こえる。
ヴィニール盤で聴いたことがあるが、こんなホコリっぽい音じゃなかったはずだ。
ヘタなリマスタリングをしていない初期CDでも探さないと、ムーティの演奏・録音のよし悪しは判別不能。
とゆー次第で、ショルティの方のみを聴いた。
これもヴィニール盤で聴いたことがある演奏だが、今回のCDからリッピングしたソースでは、明らかに音場の見通しが改善していることが分かる。
フォルテシモでは他のハルサイに比べてもずば抜けて、やかましい演奏なのだが、やかましさの中で各楽器の音が潰れてしまうことなく聴き取ることができる(ヴィニール盤よりも上出来な音だ)。
これはオリジナルの録音のよさに加えて、マスタリングが上手なんだろーな。
2つの「ハルサイ」の聴き比べは、マスタリングのよい代表例と悪い例とゆー結果となった。

今日の読書
柳原慧「Xの螺旋」(徳間文庫)読了。
「科学探偵小説」と銘打ち、帯には「不死の生物が地下に蠢く 研究者チームが謎を追う!」と大書してある。
これだけ見たら、往年のドラマ「怪奇大作戦」(米帝「Xファイル」のご先祖みたいな番組)を想像しながら読んだのだが、見事なほどに期待外れ。
ミステリーなので殺人事件も取り扱うことは分かっていたが、それは従で、主はSFなんだろーと思ったのに、まったく逆だった。
それでも、「不死の生物」探求と殺人事件の謎解きが密接に絡み合ってたら文句は言わない。
だが、本作ではミステリーとSFを同じ登場人物で書いてムリクリ合体しただけと言わざるを得ない。

コミックス「幻影博覧會(4)」読了


オーディオソースとして「狩の歌」はずば抜けた水準 [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

今日はキレの鋭い音を聴こう。
そう思って選んだお供は、C4+333(須山のオリジナルケーブル)。
333の剃刀みたいな音調を整えるにはCK4直刺しで少し鈍らせる聴き方もアリだとは思うが、今日はキレまくった音にしたかった。

最初に聴いたのは、マルティノン・VPOのチャイコフスキー交響曲6番「悲愴」。
露西亜のオケと違って、どんな音なのかなと期待半分、不安半分で聴き始めたが、想像以上に鋭い音だ。
俗に言う「露西亜っぽさ」の要素は感じない。
333で聴くと、その先鋭さが強調され過ぎる傾向はある。
もう少しゆとりを感ずるヘッドフォン・イヤホンのほうがバランスよく聴くことができそうだ。

2枚目は、クレマン・ジャヌカン「狩の歌」(アンサンブル・クレマン・ジャヌカン)を選んだ。
ふだんは全く聴かないジャンルだし、このアルバムも事前の情報ゼロで聴き始める。
音楽としてどうこう言う以前に、その録音の素晴らしさに驚く。
ふつーの2チャンネルのステレオをイヤホンで再生しているだけなのに、なんとゆーサラウンド感。
5人の歌手に四方を囲まれているよーな錯覚を覚える。
なまじ歌詞が分からん状態で聴いたのがよかったのかも。
これで意味がわかったら、ぐるりと取り囲まれて責めたてられてたよーな気分になったかもしれない。

「狩の歌」は昼休みに聴いたのだが、オーディオソースとしてとても愉しかったので、通勤復路でももう1度聴いてしまった。
今度は、音場提示がヘッドフォン離れしているHD800でも聴いてみよ~かなと。

今日のテレビ
テレ朝で今日からスタートの佐藤浩市主演作「陽はまた昇る」を視た。
ストーリーは骨太で、警察学校が舞台なので、警察ものと青臭い青春ものの両方を一度に味わえるところもよいが、そーゆーのを企画倒れに終わらせないのが佐藤の芝居。
喚き倒すだけの役者とゆー印象があったけど、随分と上手い役者になったなぁと素直に感心。

今日の読書
樋口毅宏「テロルのすべて」(徳間書店)読了。
長谷川和彦監督の怪作「太陽を盗んだ男」へのオマージュなんだね。
何を書いてもネタバレになっちゃいそうだが、読みながら「そーだ、そーだ」と、けし掛けたくなる気分と、核の圧倒的な暴力への不快感との間を行ったり来たりしながら読んだとゆーことだけメモしておく。

続いて、山本宏「MM9 ーinvasionー」(東京創元社)に着手し、1/3まで。
MM9のドラマ版は色んな意味で肩透かしに終わった感を否めないが、小説のシリーズ第2作は期待を裏切らないよーだ。
先を読みのが愉しくてしょうがない。

安心できる組合せ [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

今日のお供は、CK4+SR-71A+MH334(オヤイデリケーブル)。
SR-71A+MH334の組合せは純正ケーブルでは足どりが重めでクドイところがあったが、オヤイデのゼンハイザー用ケーブルにリケーブルしてみるとバランスがよい。
これなら何を聴いても破綻はなかろうと安心して、「クラシック名録音究極ガイド」掲載の曲を実聴。

昨日聴いたラフマニノフP協3番をもう1度聴いた。
3楽章の壮絶なオケはヒステリックな鳴り方の寸前でギリギリ踏みとどまったが、迫力のある分だけ奥行きは感じにくく平面的に聴こえたのは惜しい。
大型のヘッドフォンで聴くべきなのかもしれん。

2枚目は野島稔「ノジマ・プレイズ・リスト」。
ピアノとゆー楽器の録音は、1.ハンマーがピアノ線を打撃する音、2.響き板で共鳴する音とゆー2つの音の要素を、A.近距離のオンマイクで収録、B.離れたマイクセッティングで収録とゆー2つの手法で録るのかなと思っている(2通り×2通りのマトリックスで、1A、1B、2A、2Bの4通り)。
このアルバムは基本的には2A。
スタインウェイらしい豊かな響きがダイレクトに収録されているよーに聴こえた。
だが、無響室で録ったよーな味気ない音というわけでもなく、なかなか絶妙だなと思った。
「……ガイド」によると近距離マイク2本と距離をとった無指向性マイク2本(後者はアンビエンスを収録か)の組合せで録っているとのことで、なるほどなと納得。

3つめのアルバムは、レオ・ドリーヴのバレエ音楽「シルヴィア」(フィストラーリ・LSO)を聴いたが、実のところ、この曲も、指揮者も初めて聴くものだ。
だから、演奏のよし悪しは判断がつかない。
それでも、録音上の特質みたいなもんは分かる。
フツーはDレンジとゆーと、小さな音から大きな音までの範囲を指す言葉だが、このアルバムについては、音の柔らかさ・しなやかさのレンジが特徴的だ。
冒頭の前奏曲は、ワタシがこれまで聴いたオーケストラの音で最も柔らかな音だった。
曲が進み、クライマックスになると激しくも硬質な音が飛んでくる。
「飛んでくる」と表現したが、この録音では形成される音場の左右の間隔は広くないものの、奥行きは深く、その深いところから聴き手で飛んでくるとゆー感じだ。

今日の読書
徳田八郎衛「間に合わなかった兵器―もう一つの第二次世界大戦」(光人社NF文庫)に着手し、半分まで。
日本の兵器開発のチグハグな失敗はよく言われるところだが、これをオペレーション・リサーチをキーにして解き明かすところが面白い。
このニーズとシーズの組合せの失敗って、旧軍の兵器開発だけじゃなくて、現時点の日本の会社の色んなとこに転がってそーなハナシだなぁと。

V2^2+SE535でクラシックは聴けるか [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

ブログのこの記事を書きながら寝落ち。
今朝6時半に目が醒めたら、PCを膝に乗せたままテレビの前に座ってたよ。
以下は、昨日の晩に書いた記事をほぼそのまま掲載(時制を「今日」から「昨日」に書き換えた)

薄くはないが、キレがあって躯体が小さめのPHPAなら手持ちの中ではV2^2がある。
ただ、どー考えてもクラシック音楽に最適ってキャラクターではない。
ダメもとで使ってみた。
とゆーことで、昨日のお供は、CK4+V2^2+SE535(リケーブル)。

この組合せで昨日も「クラシック名録音究極ガイド」から聴いていく。
最初は、モントゥ・ボストンso.のチャイコフスキー交響曲第4番を聴いた。
この演奏では弦の印象は薄く、管楽器が派手に活躍(曲もそーゆー曲だって言えば、そうなのかも)。
ホールでの生演奏を彷彿とさせるとゆーよりも、レコード音楽として何ができるのかを示さんがばかりの演出ぶりが突出しているのだが、その試みが破綻していないところが凄い。
と、こーゆー管楽器の艶やかさに着目するのなら、V2^2で聴いても「派手さが2割増し」に感ずる位で、相性は悪くない。

続いて、同じボストンso.でもミュンシュが振ったミヨーの「世界の創造」とプロヴァンス組曲。
世界の創造はガーシュインに先駆けてジャズの要素を取り入れたと解説されている。
正直言って、ワタシはそれほどジャズっぽさを聴き取ることはできなかった。
舞台(演劇)の劇伴のよーであり、また、役者の代わりに楽団が舞台で演劇をしているよーでもあり、視覚に訴えるかのように聴こえる(う~ん、「視覚に訴える」と「聴こえる」は矛盾してるか?)
上記チャイコ4番とは違う演出だが、演出の際立った演奏・録音であることは共通してるよーに思えた。
とゆーことで、V2^2との相性は悪くない。

V2^2でもクラシック音楽に十分高い水準で対応できるかもしれないとゆー期待は3枚目で破綻。
ジャニス(p)、ドラティ・LSOのラフマニノフP協奏曲3番・2番を聴いてみた(「……ガイド」で推薦されているのは3番の方)。
ピアノが弱く聴こえてしまい、協奏曲とゆーよりも、ピアノの入った管弦楽曲みたいな印象。
これと対照的に、低弦は突出。
ゴリゴリした質感ではないのだが、低弦の音の塊りが噴き出してくる。
そーゆー特徴は録音に由来するものなのかなと疑問に思ったので、帰宅後に上記組合せのPHPAをSR-71Aに代えて聴いてみると、ちゃんと協奏曲らしく録音されていることが分かった。
とゆーことは、この不自然な印象はV2^2が主犯とゆーことになる。

う~ん、V2^2とクラシックの相性は十全とはいえないよーだ。
曲によってはそこそこ使えるぞってことは確信が持てたけど。
胸ポケットがはち切れそうなおそれもあるけど、iQubeで運用したほうがよさそそーだな……
Arrowは4Gのレビューを待ったうえで判断しよう。

今日の読書
神村友樹「歴史の闇研究会」(幻冬舎)読了。
「始まりは旧海軍軍人が記録した謎の兵器文書だった」とゆーのが帯のコピー。
これに魅かれて読み始めたが、どうも著者にとっては「旧軍の兵器」とゆー要素はそれほど強くなかったよーで、孤島における殺人事件の謎解きとゆー如何にもミステリーだなって事件の動機?背景?に過ぎない。
その意味ではがっかりだったが、ミステリーとしては及第か?
続編が書けるよーな終わり方をしているが、「歴史の闇」を背景にしか使わないスタンスでは支持を得られないんじゃないかと。

ハイフェッツの3つの協奏曲 [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

日中は猛暑のため家の中に籠城を決め込み、夕方から散歩に出る。
今日のお供も引き続きCK4+P4+SE535(リケーブル)。

それほど長い時間ではなかったんで、聴いたのは1枚だけ。
ハイフェッツのVn協奏曲集(①シベリウス、②プロコフィエフ2番、③グラズノフ)。
どれも「LIVING STEREO」シリーズで録音年代も近い(①・②1959年、③1963年)。
しかし、ハイフェッツのVnとオケの関係性は三者三様のところが面白い。
シベリウスではCSOが脇役に回り、Vnを盛りたてている。
プロコフィエフ2番のボストン響はハイフェッツと五分で掛け合い(協奏曲としてはイチバンまっとうなスタンスか?)
グラズノフではRCAビクター響はけんか腰。
このうち「クラシック名録音究極ガイド」において紹介されているのはプロコフィエフだ。
プロコにおける音響上の特徴はステージの奥行きで、打楽器がちゃんと遠くに、他の楽器よりも輪郭をぼかして定位している。
嶋が推薦しているのも、このあたりの録音上の工夫に対しての評価なのだろう。
だが、ワタシは、ハイフェッツの切れ味が鋭くて艶っ気のあるVnの音を愉しむには、シベリウスにおける関係性が好ましいと思う。

それにしても、このVnの音が1959年録音だとゆー事実には毎度のことながら驚かされる。
この50年間で録音技術は何が進んだとゆーのか?
ワタシ自身は古い演奏の方がイイはずだとゆー信仰みたいなモンは持っていないのだが、録音に関しては時期の新しい・古いに関係なく「イイものはイイ」と思うようにはなった。
シュタルケルのVc、今日のハイフェッツのVn、E・クライバーのフィガロ、リフキンのピアノの録音における自然な聴かせ方が今のところのお気に入りだ。

今日のテレビ
WOWOWで総天然色版ウルトラQ「宇宙からの贈り物」(ナメゴン)を視たが、これには唖然・陶然・茫然。
これまでPCで予告とかを視たことはあったが、50吋のプラズマでHD規格のカラー版を視ると想像以上の出来だとゆーことがよく分かった。
ウルトラQのあと、ウルトラマンからカラー番組となったのだけれど、今回の総天然色版はウルトラマンと比較するよーなもんではなく、同時代のカラー映画と肩を並べる。
伊達に35mmで撮影してないね。
興味深かったことは、今回のカラーリゼーションは「色付け」に徹していることで、フィルムの汚れなどは除去しているよーだが、当時の合成技術の拙いところはそのまま残している。
当時の技術で35mmカラー撮影していたらどんな画になったのかとゆーことがテーマなんだろーな。
このウルトラQで十分驚いてしまったんで、夜になってから視た「海猿」シリーズ第3作の安易なCG多用のほうがチャチに思えてしまった。

今日の読書
「日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦」読了。
開戦、特攻、東京裁判に絞って構成されているが、開戦理由(海軍は何故開戦に反対しなかったのか)がイチバン興味深かった。
陸軍との予算分捕り合戦に負けぬよう開戦に反対できなかったという(反対したら予算が陸に回ってしまう)。
なんだ自民党政権下の農水・建設の公共事業における予算分捕り合戦と同じじゃないか……

これを読んで連想したのが山崎豊子「不毛地帯」で語られた戦争と石油のハナシ。
石油を手に入れようと戦争を始めてしまった軍人が戦後に商社マンとなって油田開発に成功させる。
「不毛地帯」が描いたものは、石油に始まり石油に終わるハナシだったとゆー見方もできる。
この石油渇望症が我が国における原発建設の原動力だったとまとめてしまうと、今次の震災は文字どおりの「第二の敗戦」であるとゆー因縁話になるのか?
そういえば、ロッキード疑獄も田中角栄が米帝に無断でアラブから石油を引っ張ろうとして、虎の尻尾を踏んでしまったのだとゆー説もあったなぁ。
誰か石油から論じた日本百年史みたいなもんを書いてくれんかな~。
もっとも、今次震災を客観視するにはまだ早いか……

E・クライバーのフィガロの録音が凄い [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

昨日は体力回復のために午後半休。
狙いとしては3.5連休のつもりだったが、14時に会社を出て、ゆっくり立読み、喫茶店で読みさしの文庫本を読んでなどとグダグダしながら帰ったら、家に着いたのが16時半過ぎだったから、半日休んだ気分にならず。

昨日のお供は、C4+MH334(オヤイデリケーブル)。
ヘッドフォンとの相性の問題のある盤はあったが、これまで「クラシック名録音究極ガイド」に紹介されてるディスクにハズレはなかった。
だが、昨日1枚目に聴いたハチャトゥリアン交響曲2番「鐘」(ハチャトゥリアン・VPO)の録音には小首を傾げる。
曲はショスタコを彷彿とさせたり飽きさせないし、弦や木管の個々の音を聴くとVPOの音なのに全体を聴くとVPOらしからぬ粗野さも感じられて演奏も面白い。
しかし、録音は全体に歪みっぽく聴こえた。
う~ん、ラウドスピーカーで聴いたら別の印象になるんだろーか?

2枚目はリフキンが弾いたジョプリンのピアノ・ラグ集。
クラシックとゆーよりも昔のポップスの原型みたいな曲なのだが、驚くべきはリフキンの集中力。
まったくぶれない。
即興演奏と対極にあるよーなもんなんだが、親しみやすい曲なので少しも飽きない。
飽きさせずに聴かせる要因は録音にもある。
ハンマーが叩く音を直接拾うよーな録音ではなく、少し距離をおいたマイクで周囲の残響成分とともに収録。
ピアノ線から発せられる音がボケることはなく明瞭そのものなのに、冷たいキンキンした音ではなく、とても暖かい(曲調のおかげもあるかな?)
曲調と演奏が相乗効果を上げているイイ例。

3枚目は、エーリッヒ・クライバーとVPOの「フィガロの結婚」のdisc1。
モーツァルトはあまり聴かないし、1955年の初期ステレオ録音だったしで、あまり期待せずに聴き始めたが、これが驚愕の出来。
自然な音場、オケと歌唱のバランス、ヒトの声の自然な響き等々いくらでも賛辞を献呈したくなる。
「……ガイド」によると、当時は6ch入力2ch出力のミキサーしかなかったので、歌唱に無指向性マイク3本・オケに単一指向性マイク3本しか使えなかったとゆーことだが、これが奏功したんだろう。
テラークがオーディオファイル向けの高音質レコードを出すマイナーなレーベルだった頃の録音も無指向性3本のみで録っていたことを思い出す。
80年代のテラーク云々はともかく、70年代のメジャーレーベルよりも遥かに素晴らしい録音だね。

夜になって、疲れが出たのか体調不良。
三半規管がおかしいのか、イヤホン・ヘッドフォンで音を聴いてると、軽く船酔いみたいな気分に。
無理してまで音楽を聴き続けてもよろしくないんで、日テレで「海がきこえる」を視て、それから「……ガイド」で未入手の残りを注文。
元々所有していたものも含めると、106のうち85のアルバムを入手。
残り21アルバムの目処は立ってないが……
注文を終えたら早々に就寝。

昨日の読書
浜田文人「覚悟 S1S強行犯・隠れ公安Ⅲ」(ハルキ文庫)読了。
本シリーズと著者の公安捜査シリーズが合流しそうな端境期が舞台であるため、未回収の伏線がモヤモヤするなぁ。
次巻での展開に期待。

鮮烈な音のメシアン [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

今日のお供は、昨日バッテリー切れで空振りにしちゃった組合せで、CK4+Minibox-ES+Edition8。
以前この組合せを試したときは、mini-miniケーブルにノイマンを選んだら、ちょっと厚ぼったくなりすぎたことを思い出したんで、今日はオーグライン・プラチナ・ツインにしてみた。

聴いたのは、プレヴィン・LSOのメシアン「トゥランガリラ交響曲」。
これがえらく音の分離がよい。
EMI録音らしからぬ音だなぁと第一に思った。
ワタシのEMI録音の印象では、カラヤンのドヴォ8とかチャイ5のように疑似的にホールトーンを再生しようとしてなのか、ちょっと籠もり気味の音だったので。
だが、よくよく思い出してみれば、在仏の邦人作曲家・吉田進の「Enka」もEMI盤だったが、凄まじいほどの鮮烈さだった(もはや入手不能か)。
単純にレーベルでくくっちゃいいかん場合もあるのね。

さて、トゥランガリラだが、オケの編成が大きいはずなのに、混濁せずに各楽音がクリア。
こーゆー明晰さがないと、この曲は愉しく聴くことはできないだろーなと。
だが、反面で、10の楽章から成る交響曲なのに、一つの統一したテーマは感じにくく、10の掌編をバラバラに聴かされた感じがすることも否定できない。
ま、気に入った楽章だけ聴くんだと開き直ればよいのか?

実は、曲・録音・演奏ともに気に入ったのは、C/Wの「この世の終末のための四重奏」の方だ。
マスターテープの汚損によると思われる歪みが発生している箇所もあるが、総じて録音はクリアで、トゥランガリラよろも音がほんの少しだけ太め。
四重奏であるためなのか、大編成オケのトゥランガリラよりも奏者が丁寧な掛け合いをするためなのか、求心力のある曲だと思った。

今日聴いたのはこれだけなのだが、Minibox-ES+Edition8では、曲のクリアネスや編成の大きなオケのスケール感も及第点。
しかし、スケール感はもっと出てもイイはずだ。
帰宅後に、CK4+iQube+T5pで聴いてみると、T5pのほうがフワッと音場の空間の広さが拡大される。
やっぱりEdition8でオケを再生するのは難しいなぁ……
夏場のT5pは自殺行為なんで、T5pでメシアンを愉しむのは秋になるまでは家の中のみかな。

今日の読書
架空戦記1本読了。
コミックスは文庫版「JINー仁ー(13)」(最終巻)読了。
ラストはコミックス版もよいが、先月のドラマ版最終回もこれに負けない出来だと思う。

Edition8に合う曲、合わない曲 [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

Edition8の中域~中高域のところで薄くて硬い音調の帯域がある。
刺さるほどではないが、オケを聴くと気になってしまう。
これをカバーするのには少々ボテボテ気味に聴こえるPHPAと組んでみることが考えられる。
てなことを考えて、今朝は出勤前に、CK4+Minibox-ES+Edition8(mini-miniケーブルはノイマン)とゆー組合せで聴いてみたら、ほぼ狙いどおりの音になってくれたよーな感じ。
これで、出かけよーかなと思ったところで、Minibox-ESのバッテリー切れ……
仕方ないので、イチバン手近なとこに転がってたSTEPDANCEを持ち出した(CK4+STEPDANCE+Edition8)。

この組合せでは、冒頭に書いたよーなクセがモロに出る。
今日もクラシック名録音究極ガイドで紹介されてる演奏を実聴したが、このクセが演奏の適否につながった。
最初に聴いたアーノルド・LPOの「イギリス・スコットランド・コーンウォール舞曲集」はクセが悪いほうに働いた。
これは後日まともに鳴る組合せで再聴しよう。
今日の音では論評不能だ。

2枚目のレ・ミュジシャンのブラームス弦楽六重奏曲1番は上手い具合に鳴ってくれた。
エッジの立った弦の音と、S-LOGICによる音場感のおかげで、空間からポッと音が沸いて出るかのように聴こえて愉しい。
このエッジの立ち方がホントに気持ちよくて、コレ以上強かったらヒステリックな音になっちゃうとゆーとこの寸前に止めたってことかなぁ。
c/wのピアノトリオは終始、音がざらついており、六重奏曲のセンスのよい録音の仕方とは別物だ。
ヴィニール盤では六重奏曲のみのアルバムなのでよいのだろーが、CDでは容量に余裕があるからピアノトリオも収録しとけってことでカップリングしたんだろーけど、正直言って、ピアノトリオはないほうがイイね。

3枚目はショルティ・CSOのベト全から田園とレオノーレ3番を聴いた。
オケものだが、1枚目に聴いた舞曲集に比べると、田園はまぁ聴けるとゆー水準。
しかし、レオノーレ3番はイイ!
収録したホールの残響をタップリと収録していながらも、各楽音が勇壮でイキイキしている。
やっぱりCSOの金管はこーじゃないとね。

最後は、クラシックではなく、Edition8の本領を発揮するよーなソースとゆーことで、THE PLAYERS LIVEを選んだ。
ちょっと大きめの音量で聴くと、このソースとEdition8との相性のよさが聴き取れる。

今日の読書
今野敏「化合」(講談社)読了。
STシリーズの前日譚で、同シリーズの中では数少ないマトモな叩き上げ刑事の菊川が捜一駆けだしの頃を描く。
所轄のひねくれたベテラン刑事、捜一の課長ら幹部、どれもキャラがキッチリ立っていて、しかも、最近の警察小説には珍しく、「悪い捜査員」は出てこない。
検事が現場に出張ってきて生ずる捜査の混乱(冤罪一歩寸前)が本作のテーマだが、オチとして、科学捜査の重要性に行きつくところは、いかにもSTシリーズへのつなぎとして上手だなと思う。

ボストン・ポップスもショルティ・CSOも舐めちゃいかんね [「クラシック名録音究極ガイド」実聴]

二度寝で睡眠時間はいつもの自分比1.5倍。
おかげで1日スッキリ。
年休を2時間使っちゃったが、仕事の効率はすこぶるよかったので、よしとしよう。

今日のお供は、CK4+MH334(オヤイデにリケーブル)。
「クラシック名録音究極ガイド」を引き続き実聴した。

最初は、アーサー・フィドラーとボストン・ポップス・オーケストラのガーシュイン集。
アルバム標題曲の「ラプソディ・イン・ブルー」は、ワタシの好みからするとビミョーな出来だ。
「…ガイド」では積極に評しているが、最初は頼りなさ気で鳴っているオーケストラが徐々にスケールアップしていく、そーゆー中でピアノソロはあくまでも骨太に佇立。
この対比を録音の狙いととらえれば積極評価になるのかもしれないが、ワタシにはオケの音に骨格が感じられず、その一方でピアノは力強いとゆーチグハグさが気になって仕方なかった。
だが、c/wの「パリのアメリカ人には素直に脱帽。
元気に音が舞台を飛び跳ねてる様子が愉しい。
一幕ものの演劇でも視ているよーな愉しさだ。

次は、ショルティ・CSOのベト全から5番と4番(CD収録順)。
5番の1楽章を聴く限りでは、スポーツカーの疾走のように駆けていくクライバー盤やゴツゴツとした馬力溢れるヤルヴィ盤に比べると、ショルティ盤はただ実直なだけではないかと思われた。
まぁ、正直言って舐めてたわけだ。
ところが、3楽章に至って、「名録音」として選択されてることに納得せざるを得なかった。
オケ全体の強奏では音圧が耳に迫ってくるよーな聴こえ方をしつつ、分厚い音色の金管もキッチリと主張。
さらに、4番では1楽章が凄演奏・録音であることに驚愕。
いままで聴いたベト4の1楽章の中で最も力強い。
米帝のオケらしさをショルティが目一杯引き出した成果だろう。
ただ、刻みかけるよーな締まりのよい低音は聴き手にとっても体力を必要とする。
奏者も大変だろーが、聴き手のほうも「聴き疲れ」と対決しながらのリスニングを強いられるほど。
しかし、ワタシはこーゆー力感過剰の演奏が嫌いじゃない、とゆーか、むしろ好きなんで問題なし!

今日の読書
「米本土占領さる!」読了。
本作は、北鮮が亜細亜の覇者となり北米大陸に侵攻、これに対して米帝の市民たちがレジスタンスとして立ち上がる、主人公のジャーナリストはレジスタンスをアングラ放送で支援していく、こーゆーことを描いたもの。
だが、中共ならともかく、北鮮がそこまで強大になる設定には無理がある。
解説によると、本作はゲームの前日譚で、本家のゲームで中共が侵攻してくるハナシだったのが北鮮を悪者にするように変更されたとゆー経緯があったよーだ。
本作のできよりも米帝における中共ロビイスト活動のほうが余程恐ろしいとゆーのがオチかな……
嗚呼、恐ろしや。

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